才能がない人生の愛し方

息子の「才能を見つける」か、「才能がない人生の愛し方」を教えるか?:日経ビジネスオンライン

岡 だけど、子供に何か光るものがある、というのは勝者の論理。そんな人は100人に1人だよ。でも、別に光らなくたって、人生いいんじゃないか、というのが、僕の胸にはある。だって、光るものがある、と思って子供を見たら、子供は苦しいですよ。(中略)
 
そんな子供はめったにいないんだから。逆に何も光るものがないほとんどの子供たちに対して、親が光るものは何かと見つめていくことは、これはもう虐待だと思うよ。だから、子供はもう、生きていればいい、というぐらいで育てた方がいいんじゃないか。

野生動物の親が子に教えるのは、エサの捕り方とか天敵からの身の隠し方など「生きるための知恵」です。
人間の親も、子供を食べさせて教育を受けさせて、習い事をさせてと頑張っていますが、野生の世界よりはるかに困難なこの人間社会で生き抜くための「知恵」を、キチンと教えているかというと疑問です。

子供の頃は、大きくなったら何にでもなれるような気がしてました。 でも小学校から中学校、そして高校と進み、現実(学力、身体能力、精神力)に直面するようになると、だんだん可能性が狭まってきます。
それは悪いことだけじゃなく、「自分にはこういう仕事が向いてるかな」というのが分かってくることでもあったりするんですが。

産まれたばかりの子供は宝くじみたいなもんで、「1等が当たったらどうしよう」とか夢を見られるんですが、学校を卒業するたびに1ケタずつ当選番号と照合しているわけです。 で、社会に出る頃にはもう下2ケタになっていて、5等が当たるかどうか、みたいなね。 下1ケタは結婚相手を探すときですな。

そう考えてみると、明石屋さんまの「生きてるだけで、まるもうけ」というのは、とても深い言葉なんだなと思います。

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