【誤算の研究】マツダ:NBonline(日経ビジネス オンライン)
マツダは88年に「B‐10」計画と呼ぶ大胆な販売拡大策を打ち出した。5カ年で国内販売台数を40万台(当時)から80万台にまで倍増させ、海外市場に依存した経営体質を改善する、という内容。この拡販策の柱が販売5系列制への移行である。
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計画推進の中心人物である安森寿朗専務は「B‐10」の狙いをこう説明する。「生き残るためには最低10%のシェアが必要。それには80万台を売らなければならない。トラックや大衆車のメーカーというイメージを払しょくし乗用車で上位メーカーに対抗するには、新チャネルが必要だった」。低価格車メーカーとの企業イメージを消すため、あえて販売系列からマツダの名前を外した。
日本の自動車産業史に残る「大失敗」である、マツダの5系列化のお話です。
そういえばホンダも一時期に「チャレンジ80」とか言って、国内販売80万台を目標にしてましたね。
