上司に必要なものは、恐怖か、愛か

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愛される鬼上司になるには | 部課長の基本

500年近く前、ニッコロ・マキャベリは、かの有名な著書『君主論』の中で、「リーダーは愛されるほうがよいか、恐れられるほうがよいか」という問いを提起した。彼は、もし両方を併せ持つことが不可能なら愛されるよりは恐れられるほうが有効だという結論に達している。実際、この両方になれる人間はほとんどいないのだ。
 
そもそも、人間という複雑な生き物は、白か黒かの二分法ですっきり分けられるものではない。人の行動というものはたいてい白と黒の中間、つまりさまざまな濃さの灰色のところにあるものなのだから。にもかかわらず、「恐怖か愛か」という二元的な問いは、歴史を通じ、リーダーたちにとって普遍的なものとなってきた。(中略)
 
しかし、先進国にさえ依然として「恐怖」に頼っているリーダーが大勢おり、多くの人々がいまだにそれに耐えているのだ。

本田宗一郎の逸話に限らず、昔は「スパナが飛んできた」なんてことは珍しくなかったですが、今は工場であってもそんなことは出来ないですね。
そこまで物理的じゃなくても、部下に過剰なプレッシャーを与え続けると、パワーハラスメントで訴えられるか、部下をメンタルヘルス疾患に追いやってしまうでしょう。

二元論では解決出来ないとなると、どうしたらよいのでしょうか?

社員たちが、自分に合った会社を選んで入社する傾向があるのと同じように、リーダーも自分の気質に合ったやり方を見つけるべきだ。実際、厳格で専制的であり、さらに野蛮で無礼でさえあっても、人の上に立つのにふさわしいだけの威厳を持ち、自分の下で働く人々のことを心から気にかけているならば、リーダーは、大きな尊敬を勝ち取ることができるはずである。(中略)
 
成功するリーダーは、今自らが置かれた状況から発せられるシグナルを読み取り、それに従って自分のスタイルを適応させるものだ。そして、彼らは同時に自分の適応限界値もよく心得ているのだ。
 
リーダーにとって、いわゆるストレッチ・アサインメント(現在の能力より少し上の能力が必要な任務)が、それまで気づいていなかった強みを表に引き出す機会になることもあるだろう。だが、その任務において、そのリーダーの適応力を超える形でのリーダーシップが必要な場合、結果は概して悲惨なものとなろう。

要は、自分の気質、置かれた状況、部下の特性に合わせて、アジャストしなさいということですね。 当たり前ではありますが。

でも、人を束ねる立場になると、急に態度がデカくなる人もいますからね。 あれは傲慢な面が出たのかと思っていましたが、ああしないと「部下が付いてこないのでは?」という恐怖に由来するものなのかもしれません。