原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?:日経ビジネスオンライン
池上:2010年の殺人事件発生件数は1067件。戦後最小記録を2年続けて更新しました。いまの日本は、殺人件数から見ると、世界に冠たる平和な国で、自身の歴史のなかでもおそらく最も殺人が少ない社会です。
加藤:ところが、一般の人はそう思っていない。マスコミで毎日のように殺人事件を報道しているからです。テレビを見て新聞を読んでいると、1日3件くらいずつ、新しい殺人事件を目にする。極端に言うと、テレビと新聞によって、全国津々浦々の人が日本で起きている殺人事件を知っていることになる。国民の安全感が刺激され過ぎていますね。世の中が殺人鬼で溢れているように感じてしまう。報道のマジックです。
テレビをつければ、親子で殺しあうニュースばかりですからね。
でも、なんでそんなことになるんでしょうか? 池上先生、教えてください!
池上:1980年頃、NHKで私は警視庁捜査一課担当、つまり殺人事件専門の記者だったことがあります。当時は、特殊な例を除き、殺人事件はローカルニュースにしかなりませんでした。2、3人まとめて殺されるような事件でない限り、全国ニュースにはまずなりませんでした。北海道で起きた殺人事件は北海道のローカルニュースでおしまいだったわけです。
加藤:なぜ、事件数は減っているのに殺人報道は増えているんでしょう?
池上:殺人事件の取材報道がマスコミにとって一番楽だからです。現在、民放を中心に、ニュース番組の時間枠がどんどん拡大しています。芸能人を起用したコストのかかる番組の代わりに、予算のわりに視聴率が見込める、という理由からです。
でも、報道記者やニュースに強いディレクターが増えるわけではない。そんなとき、殺人事件報道ほど、注目を集めやすく、かつ取材が楽なものはない。事件の概要は警察が全部発表してくれるし、容疑者や被害者の写真も貰える。カメラマンを現場に出せば、とりあえず現場の映像が撮れる。マイクを向ければ、近所の人は「怖いですね」と言ってくれる。あっという間に5~6分の報道が一丁上がり、なんですよ。
費用対効果が高いわけですね。 同じことは交通死亡事故でも言えますね。
池上:本来ならば、警察のほうだって、日本は我々警察が優秀なので治安がいいんです、と治安の良さを成果として堂々としていればいい。けれども、殺人事件は過去最低、といったことは、警察白書の中にさりげなく書くだけ。なぜか。治安がいいならば警官の数も少なくていいのでは、と言われたくないからです。その結果、残念ながら、「日本の治安は悪化している」というイメージは、すっかり世間に浸透しています。08年に橋下徹大阪府知事が、経費削減のために警察官増員計画を取りやめようとしたら、「こんな治安の悪いときに」と大阪府民から突き上げられたくらいですから。結果、大阪府の警察官は増員されました。監視カメラが増えているのも、警備会社が増えているのも、同じ理屈ですね。そしてどちらも警察官僚の天下り先です。
いや、大阪は警官減らさない方がいいと思うよ。