リアル30’s:働いてる? 識者に聞く/下 神戸女学院大名誉教授・内田樹さん/京都大准教授・内田由紀子さん - 毎日jp(毎日新聞)
就職氷河期に直面した世代(30代)は社会の不条理を思い知らされたはず。頭が良く、性格も問題ない、教師からも評価された学生がなぜか就職できない。一方、思いがけない人が早々と内定を手に入れる。若者たちが一番苦しむのは、この採否の基準が明らかでないところ。努力の仕方が分からないのだ。
だから、仮に正社員に採用されて働き始めても不安は続く。同じ職場の非正規労働者と比べても、能力にそれほどの差はないと実感している。「君の替えなんかいくらでもいるぞ」という上司に反論できず、どれほど労働条件が悪くなっても堂々と是正を求められない。そういう条件で働く若者に向かって「覇気がない」と言うのは気の毒だ。
採否の基準を明らかにしない、格付けの根拠を示さないのは、労使間に権力の非対称性を作り出すための「仕掛け」。若者たちはおびえ、自信を失い、自分を「いくらでも替えのきく使い捨て可能な労働力だ」と信じ込まされた。彼らは、どれほど劣悪な雇用条件に対しても異議申し立てができない。
日本の企業はこの30年間、子どもたちを「規格化」することを学校教育に強く求めてきた。缶詰や乾電池のように規格化することで、「英語ができて、ネットが使えて、一日15時間働けて、上司の査定におびえる若者」が量産された。企業は「能力は高いが賃金は安い労働者」を手に入れた。今の雇用環境は、官民一体で国策的に作り出されたものだと思う。
はいはい。 そうやって「国が悪い」「企業が悪い」と言っていればいいのさ。
「教師からも評価された学生」が就職できなくて、「思いがけない人」が内定というのは、企業が求める人材と教師の評価がアンマッチということでしょう。 それは企業が悪いの?
「採否の基準が明らかでない」なんて当たり前じゃん。 逆に大学入試みたいに、試験の点数だけで全て決めれば何の問題もないのか? 試験の点数が高いから、仕事で業績を上げるとは限らないし、そんなことが見通せる試験問題なんて作れない。
だいだい「どんぐりの背比べ」で、内定もらう人と落ちた人に決定的な差があるわけじゃないよ。
さすがにある程度の企業では数値化してるけど、重み付けの手の内なんて晒すわけないじゃん。 ベンチマークソフト対策と同じでイタチごっこになるだけだもん。
若者が「いくらでも替えのきく使い捨て可能な労働力だ」なんてのも当たり前。 プロ野球のドラフトに引っかかるような存在じゃないんだからさ。
小さい頃から「個性」とか重視するよう植えつけられて育った若者たちには、受け入れがたい現実だろうね。 でもそんなことは自分自身で分かっているはずだよ。
規格化された労働者は連帯することが難しい。集団の連帯のためには「僕はこれができる、君はあれができる」というふうに能力がばらけていることが必要。それぞれが自分にない力を持っているから敬意を抱くことができる。でも、規格化され、似たような社会的能力を持つ者が集まっても集団のパフォーマンスは上がらない。
経済のグローバル化は世界中で若い労働者の雇用を直撃している。遠い他国での国債の暴落や政変、自然災害で、突然自分の会社の売り上げが吹き飛び、クビが伝えられる。「なぜ?」と尋ねても誰も答えられない。個人の能力や努力とかかわりなく生活が崩壊する。その不条理感が現代の「生きづらさ」の実相ではないだろうか。個人的な努力で未来を切り開くことができないという無力感ほど、若者の心をむしばむものはない。
そんなに生命力のない奴らは死に絶えればいいのさ。