asahi.com: JR下関駅に放火容疑、74歳男を逮捕 3千平方m焼失
下関駅は1942年築の木造で、そばに百貨店や大型商業施設がある。消防車や救急車計24台が出動したが、土産店、飲食店、ファストフード店など10店舗以上が立ち並ぶ東口側の大半が焼け落ちた。近年は老朽化が目立ち、市やJR西日本は建て替えを協議していた。
なんてことを!
もうあの三角屋根の駅舎を見ることができないなんて... 悲しすぎる。
下関駅の成り立ちについては、wikipediaを参照してください。 絶版みたいですが、下関駅の歴史について書いた本もあるようですね。
下関駅百年―戦前の関門・山口の交通
posted with amazlet on 06.01.07
斎藤 哲雄
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下関駅の駅舎はとりたてて芸術的でもないし、まあ昔ながらの三角屋根の木造駅舎であった。
芸術的といえば、海峡を隔てた門司港駅の方が、ずっとずっと有名で、下関駅は建て直しのきっかけを失ったまま古びたという風情だった。
でも私にとっては、懐かしい思い出のいっぱいつまった駅舎である。
うん。 クリームソーダは私も小さい頃よく飲みました。 駅舎そのものよりも、思い出がいっぱいあるから残念なんですよね。
自分も、物心ついた時から慣れ親しんだ駅なので、思い入れが深いです。 大きな三角屋根、改札(昔は入口と出口が分かれてた)の大階段、30年前と変わらない名店街... 水槽のふぐも焼けちゃったんだろうなぁ。
通り魔殺人事件もショックでしたが...
本当に悲しい。
理系白書ブログ
こんにちは。TBたどってお邪魔しました。
ホント、残念ですよね。
「腹が減ってむしゃくしゃした」だなんて・・・。
水槽、なつかしの。
出社して、関東出身の同僚に「中には大きな水槽があって、フグが泳いでたんだけど、焼フグになっちゃったと思う」と話していたところでした。
ダブリン市民
コメントありがとうございます。
母が姉に電話した時も、水槽の話になったそうです。
シーモール(の滝)が出来る前は、よく待ち合わせに使ったものです。
でも燃えてなかったら、ずっとあのまま廃れていく一方だったのかも。
今は「長い間ご苦労さん」という気持ちです。