59年目の八高線列車転覆事故

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戦後60年の原点:シリーズ・あの日を今に問う 47年2月、超満員の八高線転覆 「物資不足と破滅を象徴」:MSN毎日インタラクティブ

鉛色の雲が垂れこめる寒い朝だった。機関車が「キー」という金属音を発したかと思うと、「バーン」という大音響とともに土煙が舞い上がった。線路に駆け上がると、約5メートル下の畑に3、4両目の車両がバラバラになり、脱線した5、6両目からは無数のうめき声がした。
 
死者184人、負傷者497人の大惨事となった47年2月25日の国鉄八高線の列車転覆事故。当時小学5年生だった西村惣吉さん(70)は、通学途中に埼玉県高麗川村(現・日高市)の現場の惨劇を目撃した。
 
事故は午前7時50分ごろ起きた。八王子から高崎へ向かう八高線は当時、「ヤミ列車」と言われ、沿線の農家へ米やサツマイモを買い出しに出掛ける人たちで、いつも超満員だった。6両編成の事故車にも定員の3倍、2000人近い人が乗り込んでいたとされる。

今日がその日でした。 ご冥福をお祈りします。