「成長率も失業率も低い社会」と「成長率も失業率も高い社会」のどちらを選ぶか~ノーベル賞受賞の「サーチ理論」で解く日本の労働市場|辻広雅文 プリズム+one|ダイヤモンド・オンライン
「従業員の規模別の有効求人倍率」の推移をみると、100人未満の中小企業は2009年でも4.26倍ある。一方、1000人以上の大企業はこの10年、0.5倍を中心に0.3~0.7倍で横這っている。
就職自体を最優先させるのであれば、中小企業に行けばいい。短期的な雇用状況も改善される。では、大学生に、「中小企業に行け」とアドバイスするべきか。本人のためになるのか、日本経済の長期的な活力に結びつくのか。
大学生が大企業を希望しているのは、長期的に利益が大きくなる、中小企業より大企業に籍を置いたほうが、高度で多様な労働スキルを身に付けることができる、と考えているからだ。また、大企業を辞めても中小企業には行けるが、逆のコースは成り立たないという日本の労働慣行を知っているからだろう。
大学生の考え方が正しければ、つまり、中小企業に勤めても低い労働スキルしか身につかない懸念が高いのならば、中小企業に就職することが日本経済の長期的活力に結びつかないことになってしまう。労働市場のミスマッチを短期的視点で解決することが、長期的な利益に結びつくとは限らない。
「中小企業より大企業に籍を置いたほうが、高度で多様な労働スキルを身に付けることができる」かどうかは疑問です。 「大企業を辞めても中小企業には行けるが、逆のコースは成り立たない」というのは例外はありますが概ね同意します。
話は変わって、日本経済の低迷について。
――失業率が極めて低く、他国に比べて雇用状況は安定しているが、経済の低迷は20年も続き、成長率は極めて低い。それはどうしてか。
失業率と成長率は、トレードオフの関係があるからだ。
解雇されたくなく、また解雇しにくいという構造の結果、失業率が低いということは、会社を辞めて次の仕事を探そうとする人が少ないつまり、労働市場の流動性が低い、ということだ。流動性の低い労働市場からは、イノベイティブな新しい事業、産業は生まれにくい。また、現在の仕事の生産性が極めて低いにもかかわらず、雇用が維持されているために会社の生産性が向上せず、ひいては産業界の生産性が向上せず、日本経済の成長率を低下させている可能性がある。(中略)
――「失業率も成長率も低い社会」と「失業率も成長率も高い社会」のどちらを選ぶのか、という問題か。
そうだ。ただし、日本人は失業すれば精神的、物質的にも非常にみじめであり、社会からも阻害されるという恐怖を抱えている。だから、失業をさけるためには生産性、成長率が低下してもいい、つまり、現状維持でいい、という人が多いかもしれない。
――現状維持を望む人々は、大企業の正社員を中心とした今の労働法制に守られている既得権者だろう。だが、現状は、失業率は低いといっても、若年層や非正規社員という一部特定層に経済低迷のしわ寄せが出ている。このいびつさを解消するためにも労働市場を改革し、リスクがあっても成長する社会を求めなければならないのではないか。
繰り返すが、労働市場改革を行えば、中長期的な成長率の上昇は見込めるが、短期的には失業率が上昇する。そのとき、それに反対する既得権者が少数とは限らない。日本的雇用環境は崩れたと言われるが、正社員たちは大企業、中小企業に限らず、いまだ安定した収入と終身的雇用を望んでいる。労働市場改革の荒波にさらされる彼らは、保護政策を要求するだろう。これは極めて難しい政治問題だ。だから、政府は踏み出さない。
日本国民は、すべての人々が幸せになるわけではない改革を受け入れられるだろうか。私たちは、「君の代わりに若い優秀な社員を二人雇うからやめてくれ」と言われることになるだろう改革に賛同できるだろうか。その必要性と国家的利益を、政府は理解、納得させられる能力を持っているだろうか。
労働市場改革は、まだ日本のコンセンサスにはなっていないと思う。
「解雇しやすくすれば、労働生産性が上がって日本の競争力が高まる」というのは仮説にすぎないと思うけどな。
ここで言ってる労働生産性は、主に第一次産業および第三次産業における生産性なんだろうと思います。 工場の生産性では、(多機種少量など条件の違いがあるので単純に比較できませんが)日本が激しく劣っているとは思いませんし、解雇しやすくしたからといってそれが向上するとも思えません。
「能力のない人が居座っているから生産性が上がらない」というのはかなり乱暴な考えじゃないかと思います。
需要の変化に合わせて要員調整ができれば「負の遺産」を一掃できるので、会社として生産性が上がるというのはその通りですが、じゃあその漬物石をどこか他で活用できるかというと、そんな場はないわけで。
あと20年経って、「非正規雇用が当たり前」、「失業もフツー」な世代が社会の中心になれば、会社としてもクビを切りやすくなると思いますけどね。
派遣法改正案は「正社員の雇用」を守るためだった!? 非正社員は誰も救われない“矛盾と罠” ――国際基督教大学 八代尚宏教授インタビュー|識者が語る 日本のアジェンダ|ダイヤモンド・オンライン
――「非正社員の増加には、小泉政権下で行われた規制緩和があったから」という意見が聞こえてくるが、先ほどそれは“まったくの誤解”であると話された。では、非正社員を増加させた本当の原因とは何なのか。
非正社員の数は、小泉政権以前の90年代前半から、傾向的に増加していた。
その原因の1つが、90年代以降の経済成長の減速である。企業が利益追求のために非正社員を増やしたといわれることがあるが、その論理はやや見当はずれである。経済成長が低下し、不景気が長引いているにもかかわらず、正社員の厳格な雇用保障(終身雇用・年功序列賃金)を維持するための調整弁として、非正社員への需要が増えたのだ。企業の利益追求のためならば、正社員の厳格な雇用保障をやめるほうが望ましいだろう。
そもそも、現在の日本的雇用慣行は決して何らかの法律で定められた特権ではない。過去の高度成長期のなかで、企業が内部労働市場で熟練を形成するために自然発生的に作り上げた合理的な仕組みである。しかし、もはやそんな時代は終わった。にもかかわらずこの仕組みを維持しようとしたため、雇用調整の容易な非正社員が過度に増加したといえる。
押し付けられた訳ではなく、企業自らが正社員を守ろうとしているというのがポイントですね。 企業内組合との関係もありますが、内部で人材開発した社員を守るためでしょう。 裏返すと、学校出たての新卒が即戦力ではないからで、日本の高等教育のあり方が問題なんじゃないかと思いますけどね。
――イギリスでは、ブレア政権以来、「同一労働同一賃金」の徹底が図られている。日本との差は非常に大きいが、実現のために、どのようなハードルを越えなければならないのか。
イギリスは職種別労働市場であり、職種別組合であるから実現できたが、日本は企業内組合のため、同じ職種であっても労働市場が分断されている。日本の企業別労働組合のなかで同一労働同一賃金を実現するのは、組合の壁を越えない限りは不可能だ。
そもそも同一労働同一賃金は、経済学の基本原則であり、競争市場であれば、自然に同じ仕事に同じ給料を払うことになる筈である。しかし日本では、年功序列賃金のために実現できないうえ、「不利益変更禁止の法理」というのがあり、たとえ組合が合意しても、個人が訴えたら裁判所は認めざるを得ない。そこで、労働契約法などの実行法で「組合が合意したときは賃金調整が可能」というような項目を入れ、同一労働同一賃金への移行を目指す労使の行動を阻害しないようにすべきだ。
また、同一労働といっても「何が同一労働か」を定めるのは非常に難しい。判例では労働者に立証責任があるが、自ら証明するのは難しい。そこで、労働者が訴えを起こしたときに、「立証責任の転嫁」というかたちで企業側に説明義務を負わせるべきだ。そのため、企業は人事記録や能力評価などの詳細なデータをとる必要がある。
じゃあ企業内組合を非合法化して、強制的に職種別組合に移行させることができるかといえば、不可能だと思います。 下請け、孫受けなど賃金階層があった方が企業としても都合がいい訳で、自発的に移行するのも期待できないです。 ましてや正社員が企業内組合から職種別組合に移るなんてなおさらです。
「隣の芝は...」ではないですが、同一労働同一賃金にすればバラ色なんてことはありません。 企業で働いた経験のない学者さんがこういうことを言いたくなるのも分からないではないですが、まずは現在の枠組みの中で運用を改善していく方が実効があると思いますけどね。