束縛されてないと安心できない日本人

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ピリング:現状では、日本を除く世界のいかなる国も自国と同盟国を防衛する権利と、最終手段として望めば戦争をする権利を保有しています。もちろん、私はいかなる国もその権利を行使しないことを願っていますが…。ただ、そうである中でなぜ日本だけが、同じ権利を有することを許されないのか――ということです。

1つにこんな説明があるかもしれません。「日本は先天的にコントロールの効かないところがあって、他国を侵略するので、平和憲法で縛っておかないと何をしでかすか分からないからだ」と――。過去の歴史に照らせば、1つのロジカルな説明だと主張できるかもしれません。

とても面白い記事です。

自虐史観という言葉がありますが、本質的に日本人は自虐的なのかもしれませんね。 あるいは自分自身を規制で縛られていないと安心できないM体質なのかも。

ピリング:では、日本はどうすべきなのでしょうか。確かに日本が「普通の国」になりたいと望むのであれば、本来、そうなる権利はあるはずです。しかし、普通の国になる「義務がある」のかと言うと、それはまったく別の問題で、「普通の国」になる「義務」などないはずです。
 
また、日本が「普通の国」になったとして、では中東の戦争に参加すべきかと言えば、私ならそれは愚かなことだから「関与すべきではない」と言いますが、それは本来、日本が自分で決めるべきことのはずです。少なくとも、「憲法で武力行使は禁じられているからできない」というのはおかしい。
 
--それでは「普通の国」というか「一人前の国」とは見なされない、ということですね。しかし、選択肢がなければ、つまり、選択肢を持つ権利を認められなければ、「決める」ということもできません。
 
ピリング氏:その通りです。しかし、世界には日本人は信用できないし、日本の中にさえ「憲法9条を廃止したら戦争になる」と考えている人はいるわけです。

日本人は付和雷同することが多く、「自立した個人」というものが確立されていないので、集団としての日本国民もそういう傾向にあるのでしょう。
日本人の民度も、夏目漱石の時代から大して変わってないのかもしれません。

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