東奔政走:合議制を無視し続ける菅首相 不毛な政治を断ち切れ - 毎日jp(毎日新聞)
菅氏は「脱原発と原発推進の争いになる」と答えたいだろうが、民主党は「脱原発」の党議決定などしていない。マニフェスト(政権公約)上は「安全を第一として、原子力利用に着実に取り組む」のままだ。
つまり、党の方針を決めてもいないのに、党の代表である首相が「脱原発」を宣言し、政党間で「最大の争点」になると予測しているのだ。何とも奇妙な論理である。菅氏の思考回路に、政党政治や議院内閣制といった統治原則が組み込まれているかどうかすら疑わしくなる。
この点、小泉純一郎元首相の「郵政民営化」も、小泉氏の「個人の考え」で始まったのだから、首相が個人的見解を表明しても構わない、という誠におめでたい擁護論があるそうだ。しかし、小泉氏は自民党総裁選や数々の国政選挙を経て郵政民営化に「正統性」を与えたのであり、菅氏の場合とはまったく異なる。
そもそも国家経営の柱であるエネルギー政策について、国民を賛否で分断するような発想が間違っている。リーダーがなすべきことは国民の分断ではなく、地道な統合である。ましてや菅氏は事実上の退陣表明をした人物だ。長期にわたる政策変更に責任を負える立場にはない。
菅氏に言われるまでもなく、国民の多くは原発への依存度を減らしていくしかないと考えている。政府に求められるのは、それに耐えられるだけの現実的な政策の準備だ。
いっそ軍事クーデターが起きても許そうかという気になってきます。
ちなみに「首相が個人的見解を表明しても構わない、という誠におめでたい擁護論」というのは、例えばこういうやつです。
熱血!与良政談:「私の考え」はいけないか=与良正男 - 毎日jp(毎日新聞)
例えば小泉純一郎元首相の金看板だった郵政民営化は、小泉内閣が発足した当初は「小泉氏の個人的考え」以外の何ものでもなかった。郵政民営化がどれほどの改革だったか、衆院解散に打って出るほどのテーマだったのか、今も論議はある。だが、小泉氏がその実現のために体を張ったのは事実だろう。それが首相のリーダーシップだと絶賛した自民党議員も多かったはずだ。
そもそも首相は13日の記者会見の段階で「私自身の考えを明確にしたい」と前置きして語っている。一体、原発を将来、どうするつもりなのかと質問されて、首相が「みなさんの意見を聞いて取りまとめたい」と答えたら、今度は「首相は何も考えていない」と批判されていただろう。
「私の考え」を表明するのがいけないのではない。「私的見解の言いっぱなし」に終わってしまいそうなことが問題なのだ。首相もどこまで腰が据わっているか不明だし、与野党ともに脱原発の是非をきちんと議論しようとしない。むしろ、「また思いつきの居座りパフォーマンス」批判を強めることで、「単なる首相の私的見解」に矮小化(わいしょうか)させようとしているようにさえ思える。
古賀攻 毎日新聞政治部長と、与良正男 論説副委員長は、相当に仲が悪いに違いないね。