なぜ日本人はリスクマネジメントができないのか?:日経ビジネスオンライン
加藤:満州事変期以降の日本軍も、人口増加の圧力が非常に高かったという、当時の時代的制約もありますが、コストと資産といった区別など、できていなかったと思います。
池上:どんなところで?
加藤:なんといっても「ヒト」の面です。軍は、特に南太平洋での戦況が悪化した1943年以降、兵士を「資産」というよりは「コスト」、あるいは「消耗品」とみなしていたとしか思えないことをやりました。(中略)
池上:特攻という戦術そのものが、パイロットという貴重な「資産」をコスト=消耗品とみなした、愚かな作戦だったというわけですね。一方のアメリカは、腕っこきのパイロットがいかに貴重な「資産」であるかを自覚していた。だから、特攻なんかあり得ない。ちゃんとパラシュートをつけて、いざ撃ち落されてもパイロットだけはパラシュートで降下して、しかも水上で回収できるように、あらかじめ空中戦が予想される海域に救難用の潜水艦や船を待機させておきました。
加藤:なぜ、軍が、こういった若い少年兵たちを、大切な資産と考えられなかったかといえば、それは結局、戦時中の日本が、真の意味で、議会で民意を決するといった、民主主義国家ではなかったからです。話が飛ぶようで恐縮ですが、このような、国民をとりまく政治体制の質というのでしょうか、これが問題となります。社会学者で思想家の清水幾太郎は、「兵隊は各国の文化及び思想のインデックスである」(『思想の科学』5巻1号、1949年)と表現しています。
池上:民主主義国家でないと、人を資産とみなす必要がない。むしろ自由勝手に使える消耗品とみなしてしまう。その結果、人材の優劣が勝敗を決するような戦いでは、優秀な人材が育たず、民主主義国家に負けてしまう、というわけですね。
まあ、救難用の潜水艦や船を待機させる余裕があるなら、特攻なんて作戦は取らなかったでしょうね。
兵隊がインデックスなら、日本の自衛隊の評価はどうなんでしょうか? PKOなどで、諸外国からある程度の信頼は得られているとは思いますが。
それはともかく
加藤:人を資産ではなく消耗品として、安価な人海戦術でおそうとした日本は失敗しました。サイパンが陥落したとき、アメリカ軍の呼びかけに応じて投降した人々には、こうした朝鮮からの労働者が多かったわけです。アメリカ軍は、投降者から、日本軍の防備の特徴や情報などふんだんに取れたことでしょう。
池上:民主主義が成立して初めて、国家は、人を「コスト」じゃなくて、「資産」とみなすわけですね。ナチスドイツの場合、ドイツ系ユダヤ人に「お前たちの命は保証するから成果を出せ」と迫ったけれど、亡命されてしまい、ユダヤ人たちの持っていた科学技術はむしろ英米の手に渡ってしまいます。
加藤:一人ひとりの人間を大切にして、教育に手間をかけて、その人材の持つ潜在的な価値を最大化する、これがいちばん合理的なはずです。戦前期の日本の教育は子供たちに、イギリスやアメリカなど、民主主義国家を、「放恣」「我慢強くない」「軟弱」といったイメージをすり込もうとしていたと思います。しかし、民主主義というのは国民の自発性を最も喚起しやすい体制ですから、強いわけです。前線で兵士たちにアイスクリームを食べさせることのできる国家というものは、ある意味、恐るべき自信に満ちた国家といえます。
なんかグーグルの社屋を連想してしまいましたね。 日本のIT企業が勝てるわけないという気になってきました。
加藤:民主主義国家が権威主義的な政治体制をとる国家より強いのは、民主主義のほうが人々の多様性に目をつぶらないからでしょう。宗教も年齢も受けた教育も多様な人々を、とにかく軍需工場で働かせなければならないとする。すると、鼻歌交じりでリベット打ちをするような労働者を前提に、分厚い説明書など読まずとも大量生産ラインが工夫されなければならない。人間の練度の低さをカバーする工作機械が出来てくるわけです。
このような意味で、須藤彰さんという、東北方面総監部政策補佐官が書いた『自衛隊救援活動日誌 東北地方太平洋地震の現場から』(扶桑社)はお薦めです。出たばかりの本ですが、精神論ではない、本当に大切なことは何かをその時々に考えて行動していた人々の様子が、著者特有のユーモアとともに活写されています。してはいけない我慢はすべきではない、という確固としたスタンスが30代半ばの須藤さんにはあって、感心しました。
池上:日本人は国民一人ひとりが我慢してしまう。我慢しすぎてしまう傾向があります。すでに民主主義国家になった今でも。世界中から、地震で被災された人たちの礼儀正しさ、我慢強さが驚嘆され、賞賛されました。でも、政府や東電は、こうした日本国民の我慢強さに寄りかかって、迅速な対応を怠ったきらいがあります。
東電原発事故でも明らかになりましたが、日本人はこういった危機の際、つまりリスクマネジメントを実行しなければならないとき、良くも悪くも、職人頼み、ヒーロー頼みのところがありますね。福島原発の事故の最前線に立って陣頭指揮を執った吉田所長もそうですし、3号機の給水活動にあたった東京消防庁のハイパーレスキュー隊の方たちもそうです。そしてこのレスキュー隊の方が、奥さんから「日本の救世主になって」と言われた、という逸話が美談として盛んに取り上げられた。すごい、かっこいい、と。でも、そこで終わってしまう。確かにかっこいいのですが、論点がずれてしまった。
おお。 須藤彰さんがインデックスなら、日本も捨てたものではないですね。