日系自動車メーカーが現地化に遅れを取っている理由とは?

中国・日系自動車メーカーのいま 遅れる現地化、落ちるシェア|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン

欧米の自動車メーカーを取材する際、対応に出てくる人は、ほとんど中国人と同じく「王」、「李」などの名前を持っている人だ。彼らは中国籍の人かと聞くと、そうではなく、親の世代から欧米に渡った二世で、中国語も中国に来てから勉強したという。
 
韓国企業は、「金」、「朴」などの名前の人が応対に出てくるが、韓国籍かと聞けば「違う。朝鮮族だ」と、韓国人ではないことを強調する。
 
それが日本企業となると、総経理や部門長は一様に佐々木、横山などの名刺を出してくる。通訳もかならず側に付いている。分厚い資料を机の上に置き、一糸も乱れず、記者の質問に丁寧に答える。
 
日系メーカーと比較して、欧米企業、韓国企業の方がスタッフの現地化が格段に進んでいるとは、まったく思わない。しかし、朝鮮族の中国人は、普通に中国のことを理解しており、韓国企業の中国の現状認識や基本的な判断は、現実の中国との隔たりをほとんど感じない。欧米の国籍を持っている中国系スタッフは、思考や行動様式などにどこかまだ中国的なものが残っており、異様な感じはしない。ところが日系企業だけは違う世界を感じさせる。

人材(人種)の多様性に欠けるところが、日系企業の弱みになっているのかもしれませんね。
ローカルの日系人の採用すら、あまり積極的ではなかったりしますしね。

もちろんこれは一例なんでしょうけど、苦戦の理由を端的に表すエピソードです。

次も面白い指摘です。

細かい数字が正しくても、日系企業の行動も正しいという保証はない。ほとんどの日系自動車企業では、役員に中国人はいない。現地の合弁企業には、もちろん中国企業から派遣された役員がいるが、日本人による管理体制がしっかりしている企業ほど、中国での生産や販売がうまく行っていない。
 
2011年に日産は、中国における販売台数を100万台に引き上げた。成功しているように思われるが、どちらかと言えば、日産の東京本社が中国現地会社をしっかりとコントロールできていない結果であった。2008年のリーマンショック、その後に中国各地で頻発したストライキなどを見て、日系各社が生産規模の維持、場合によっては減産も仕方ないと思っていた頃、日産だけは本社の指令を聞かずに生産拡大をしたと、中国自動車産業の専門家は見ている。
 
2008年以降の中国自動車市場については、結果的には欧米韓国企業は正しい判断をした。それは現地スタッフというより、現地スタッフのような人たちが、市場のニーズを速やかに感じて、それに応えた。
 
日系企業では、日産は躍進したが、トヨタ、ホンダはそれほど大成功したことはいえない。現地の社会動向、発展経路、巨大市場の形成について、鋭く、また速やかに感じ取っていないこと、経営の現地化が立ち遅れていることが原因だと思われる。

爆発的に成長する市場に対して、それを信じて掛け金をベットする度胸が、日本の本社の人達にはなかったのだと思います。

もはや社会人として高度成長期を経験していない人達が舵取りをしていますし、あまりにも長く低成長の市場に慣れてしまったので、責められないのですが。

日系企業は研究開発、生産戦略、販売などに関して、完全には中国の現地スタッフに任せ切れていない。現地化のもう一つの重要なポイントである人的要素では、日本企業はさらに数多くの困難を抱えている。
 
「たとえは悪いが、アヘン戦争の時に、イギリスから派遣された兵隊は数百人、インド兵なども含めて数千人だった。抗日戦争の時には、数百万の日本兵が中国にやってきた。そして、日本を支持する勢力をほとんど得られないまま負けていった」と、ある歴史家は言う。
 
そもそも任せ切れないのは日本流のやり方であって、日本企業には、スタッフの現地化は「無理」と刻印されたDNAが引き継がれている現れなのかもしれない。

そこまで酷くはないと思うけどね。