なぜホンダは「嵐の予兆」を感じることができたか | 社長の仕事術
当時、米国市場ではクルマの販売は好調でしたが、建機メーカーなどにOEM供給する汎用エンジンの売れ行きが鈍っていました。建築工事に異変が起きていたのです。夏になると、自動車販売も変調をきたすようになりました。
といっても、カリフォルニアがダメでも中西部や東部は好調、という具合に州ごとに状況が異なるため「確実に不況が来る」とは断言できませんでした。実は11月中旬になっても、米国の販売現場は「シビックが足りない」と本社をせっついていたくらいです。
しかし私は、以上さまざまなデータから変調の兆しを感じていたので、08年4月に新しい3カ年計画を立てる際は、行動要件として「柔軟に」「機敏に」という言葉を差し挟みました。今後、世界経済はどう動くかわからないが、何があっても柔軟かつ機敏に対応しようというシグナルです。そうした下地があったうえで、(リーマン・ショック直後の)9月下旬に緊急タスクフォースを立ち上げ、不況対策に当たらせたのです。
ホントかよ~!? 北米の基準在庫を2倍も溜めちゃって、工場停めなきゃならなかったのは、どこのどいつのせいなんだって。
本当に「嵐の予兆」を感じていたなら、スズキの鈴木修会長のようにあらかじめ在庫を絞っていたハズだぜ?
コトが起きてから動くんじゃなくて、先手を打っておかなきゃ意味ないじゃん。
とはいえ、
少し話を戻しましょう。不況突入が明らかになってから機敏な対処を行えたのは、湾岸戦争直後の不況を経験していたからです。クルマの販売額が落ちて工場の稼働率が下がると、自動車会社はどういう厳しい環境におかれるのか。このことを私は肌で感じています。だから、投資には慎重になっていたのです。
クルマがどんどん売れるのに生産が間に合わない。そんな場合でも、ホンダは思い切って設備投資することを控えてきました。むしろ少しずつ投資をします。そのために機会損失、いわゆる「儲けそこない」はあるかもしれませんが、反対に需要が急減して逆回転を始めたらこんなに怖いことはないのです。
もちろんホンダは同じような危機を過去何度も経験しています。「小さく産んで大きく育てろ」という言葉が社内に残っているくらいですから、ホンダの人間はみんな持っている感覚だと思います。
これはまあ、確かにそうですね。 ホンダは3万→6万→12万→24万台という風に、能拡することが多いです。 でも「小さく産んで大きく育てろ」は、投資効率が悪いんですよね。
リーマンショックでホンダの傷が浅かったのは、単に運が良かっただけです。
寄居もインド第二も途中でストップできる段階でしたし、タイ第二とインディアナは立ち上がっていましたが、まだ試運転レベルの状況でした。 需要急減で、生産能力に過剰感はありますが、それでもトヨタに比べればまだマシです。
ただ「運も実力のウチ」ではあります。 インサイトが間に合ったのも、ちゃんと仕込みをしていたからこそですし、やるべきことをやっていないと運も味方してくれないということでしょう。