「壊れない」ことよりも「安全に壊れる」ことを重視する米国

プリウスユーザーが見るトヨタの大規模リコール問題(10/02/15) | NIKKEI NET 日経Ecolomy:連載コラム - 4次元エコウォッチング(安井至)

米国では、製品が故障することは普通のことだと考えられている。故障しても修理をすれば良いという判断である。しかし、故障といっても種類がある。もしも市民の生命に危険が及ぶような故障をすることは、大問題である。故障をするとしても、安全な壊れ方をすることが求められる。このような考え方を「フェイルセイフ」と呼び、極めて重要視されている考え方である。
 
ところが、日本の場合、製品の細かい不具合にもクレームが付く社会なので、メーカーは、「壊れないこと」に重点を置いた対応をしている。(中略)
 
カローラ、カムリなどのアクセルペダルの戻りが悪いという故障は、フェイルセイフという観点から言えば、あってはならない方向への故障である。もし故障するとしても、加速しにくいという故障が発生するような製品設計をすることが、米国流では「企業の責任」なのである。(中略)
  
トヨタは、過去、壊れないことを製品の品質として考え、それを現実のものにすることによって、米国社会から信頼を勝ち得てきた。
 
ところが、韓国メーカーとの競争などによって、コスト削減という命題に取り組まざるを得ない状況になったが、フェイルセイフ的な発想を充分に持てないまま、製品の設計と下請けへの発注を続けていたのではないだろうか。

トヨタのリコール問題を契機に、いろんな切り口で分析がなされていますね。
これはこれでトヨタの功績と言ってもいいかもしれません。 トヨタは歓迎しないでしょうが。

こういう指摘もあります。

【トヨタ品質問題・識者の見方】「大型リコールの原因は部品共通化」のウソ,真因は製品の品質検証体制にあり - クルマ - Tech-On!

部品共通化が大量リコールの背景にあったとしても,部品共通化は表層的な原因にすぎない。真の原因は,品質を保証した部品共通化ができていないことである。部品共通化は,必ず進めなければならない製造業の基本命題である。特に,地球環境の保全が最大の課題になった21世紀においては,無駄な部品を造らないことが絶対条件である。無駄な部品を生めば,大量の製造機械/金型/治具/検査具/工具/専用材料などの生産機材が生まれ,そしていずれ廃棄される。それらが廃棄されるときには大量のエネルギが消費され,それは全部地球にストレスを与える。評論家は,「部品共通化のやり過ぎが大量のリコールの原因である」と論評するのではなく,「品質保証と両立する部品共通化を進めよ」と指摘しなければならない。 (中略)
 
トヨタの一連の品質問題は,いずれも技術的に品質保証が難しいとか品質検証が難しいということではなく,完成品メーカーとしてやるべき評価の手抜きを感じさせられる出来事である。トヨタの品質問題は,「部品共通化のやり過ぎ」などという表層的な次元に落とすべきではなく,製品での品質検証の不十分さを指摘すべきである。

コンピューターでのシュミレーションに頼って、試作車を減らすというのがもてはやされたことがありますが、それが結局はリアルな環境での品質検証を不十分なものにしたのではないでしょうか?


トヨタの代名詞である「カイゼン」にも疑問が投げかけられています。

【オピニオン】「カイゼン」の目的を見誤ったトヨタ(ウォール・ストリート・ジャーナル) - Yahoo!ニュース

わたしは1990年代後半に、日本にあるトヨタ子会社のエンジン部門で3年以上にわたって、研究・設計技師として働いていた。その際、同社自慢の「トヨタ生産方式(別名カンバン方式)」と「カイゼン」活動には欠陥があることを直に目の当たりにした。
 
同社の技術者の主要任務の1つは、既存の製品設計を改善する方法を考案することだ。だが、わたしは「カイゼン」が適用されているのは、極めて狭い範囲であることを早々に知った。改善活動は主に製品の性能を向上させるために行われていた。そのようにすれば、新モデルが発売されたときに、消費者は一目で改善の結果を確認することができる。トヨタはこのやり方で、市場シェアを確実に拡大していった。だが、その一方で、最も複雑な工学設計プロセスの一部、すなわち欠陥が生じやすい部分は外部から覆い隠され、消費者の目からは見えないようにされていた。(中略)
 
消費者の信頼を取り戻すためには、トヨタは設計ミスの原因となったプロセスに関する情報をすべて開示し、問題の隠ぺいがあった場合は、それにかかわった者を罰する必要がある。

セールスポイントになる部分ばかりが「カイゼン」の対象だったのでは? という指摘ですが、むしろコストダウンにばかり「カイゼン」の力を注いできたのではないかと思いますけどね。

長期的には、雇用慣行を見直し、技術者が十分な時間をかけて高品質の製品を設計できるような体制を作るべきだ。これには、市場シェア拡大を執拗(しつよう)に重視する姿勢を改め、健康的で生産性の高い労働環境の構築にもっと力を入れることが必要だ。(中略)
 
トヨタ生産方式は、同社の従業員と部品供給業者の激務の上に成り立っていた。どのプロジェクトでも、きわめて厳格な設計・品質基準の達成とスケジュールの厳守が要求された。
 
技術者にとって、1日16時間労働を数カ月続けることも珍しいことではなかった。わたしは、技術者の1人がたびたび、パソコンでエンジンの分析作業をしながら、うたた寝をしていたのを覚えている。このような容赦ない過酷な労働条件の下では、技術者が設計ミスを一切せずに製品を作ることは、ほぼ不可能だ。その結果、経営者はミスを隠ぺいしがちになる。
 
過労は当時、日本の大半の会社で一般的なことであった。わたしが理解する限り、それは今も変わらない。日本で発生している品質問題の原因の一つはこれだ。一方、米国ではこうした問題はめったに聞かれない。米国では、設計変更、発売中止、製造中止のいずれかを選択するからだ。

今回のリコール問題の対応で、より一層労働環境が悪化するのではないか心配ですね。