日本はプレーヤーが多すぎる?

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小寺信良の週刊「Electric Zooma!」 Electric Zooma!2008年総集編 ~ 今年はなんだか特別な1年でした ~

日本は、過去存在しなかった技術的論理を生み出す土壌には恵まれていないが、誰もが諦めた論理をしつこく研究してモノにしてしまう、改良の国である。この強さは、世界に名だたる電気機器メーカーが小さな国に異様に沢山あることからも伺い知ることができる。
 
しかしすべての部門でそれがうまく働くとは限らない。日本の電気メーカーは、かつては専門性を捨てて、広く均一な技術革命に取り組んだ。しかし拡散があれば収束がある。ビクター、パイオニア、三洋といった電気メーカーに訪れた変革は、拡散の限界値を示したものと言えるだろう。

奇しくも隊長が同じようなことを書いています。

切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog: 今夜も酒を飲んでいる

ここから先はもはや相場観の問題だけれども、私自身、日本の各業界が引き起こしてるオーバーストアというか、プレイヤー過多の状況は、きちんとした金融or政策主導での統廃合を進めたうえでの最適化は必要だろうと思うわけです。製造業も小売も流通も銀行も通信も日本にはプレイヤーが多すぎる。この日本経済で、ある特定の業種において大手が五社も六社もあるというのはあり得ないと思うんですね。
 
だから、もう少し時間をかけて、っていうか不況を旨く利用して、経済効率が上がるような再編というのはどんどんやっていったらいいと思います。民間主導でも政策でもいいから、きちんとしたディールを重ねてメガなんちゃら化したほうがいいと。パナソニックが三洋買うとかで驚いてちゃいけないし、そういう再編に乗り遅れた微妙大手は潰れてしまえと。

個人的には、円安による輸出依存が、本来とっくに潰れるべきだった会社をムダに延命させたと思うんですけどね。 特に自動車メーカー。 どの会社がムダとは言いませんが。

切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog: 田中先生と勝手にオルタナティブな議論をしてみる

困ったことに、清算主義って概念が何だかよく分かっていなかった…。なので、いま適当に具具って得た解釈を勝手に真実と判じて論ずるので間違いも多いかもしれない。私が得た解釈は「不況によって、非効率な企業がより淘汰される」が清算主義とす。
 
で、私の言いたかったことは論理的に逆で、非効率な企業が(資金調達の不備や売上高の慢性的な現象によって)淘汰される局面を不況と呼ぶのが金融的なアプローチだろうと思います。つまり、非効率だから不況の際に銀行から借り入れをできなくなり、死んでくことは、誰にも止めることはできないし、銀行も行政の強い監督下に置かれているとは言え民間なのだから個々の判断で融資を止めている状況が連鎖して、不況が強まるんじゃないの、という意味合いですね。
 
したがって、主義(ism)の問題じゃなくて、事実関係の問題です。不況になったら赤字の会社が先に倒れるんで、「そうであるべき」というより「そうなってしまう」し「それを防ぐことは(民間では)無理」であるということです。
 
その意味では、どっかで読んだ竹森俊平氏の著作でそういう話が書いてあって、それはそうだけれども、現実に黒字倒産を含めキャッシュフローがマイナスなところが倒産しているのが不況の現象のひとつなのだし、そういう非効率で採算の悪い会社が潰れることで実際に残存者利益風に売上全体がその業界内での強い会社に寄せられるのだから、それは批判とか反論とかあっても事実そうなっていてどうしようもなかろうと。

前期に2兆円以上の利益があったトヨタでさえ赤字ということは、経常利益が1000億円もないような下位メーカーの決算がどういうことになるか、想像するのも恐ろしいことです。
もしもスバルが潰れそうになったら、トヨタは子会社化してでも助けるのかな? 譜代の日野・ダイハツと、外様のスバルじゃ扱いが違うかもね。