「行き止まり」と分かっただけでも収穫

教え損サイクルからの脱却 - コデラノブログ 3

ネットは大量の情報と、大量のコミュニケーションを生み出したが、それがゆえに多くの人は、道なき道を自分で切り開いていくということに対しての解決策を失いつつあるようにも思う。つまり、自分でいろんな可能性の組み合わせを試してみて、どうなるかを調べていくという方法論である。
 
ネットのどこかに情報があるはず、誰か知っている人がいるはず、というのはそりゃそうなのだが、そこにリーチする前に、自分でやるだけやってみるということは、決して無駄にはならない。少なくともこの方法はダメだった、という知識が得られるし、なによりも問題点に対しての深い知見を得ることができる。
 
もし自力で問題が解決できた場合は、そのトライアルの課程も含めて、情報をネットに載せておくべきだ。それは自分のメモにもなるし、何より誰かの役に立つかもしれない。ネットの知見とは、元々そうやって成長してきたはずで、ひたすら情報をPullするための仕組みではなく、Pushするための仕組みであるべきだ。

今、小寺信良がいいこと言った!

実は「これで成功しました」という情報よりも、「これはダメでした」という情報の方が貴重なんだよね。
支那エンジン界隈は、皆で競って失敗情報を出してたりしたので、面白かったし活気がありました。