東京外かく環状道路 大泉ー東名区間の着工式を開催

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Car Watch 東名、中央道、関越道をつなく東京外かく環状道路着工式

外環の東名、中央道、関越道をつなく区間は、1966年(昭和41年)に都市計画として決定されたものの、東京でも有数の住宅地を貫くことから用地買収が進まず、1970年(昭和45年)に建設計画を凍結。1999年(平成11年)の石原都知事の外環現地視察によって、着工へ向けての再スタートが切られ、用地買収の必要な高架構造から、用地買収を最小限にすませることが可能で、環境への影響も少ないとされる大深度地下工法に切り替えての着工となった。
 
国交大臣の挨拶を受けて登壇した石原慎太郎東京都知事は、「外環道路は東京の道路ではなく、国家の道路」と言い、この道路は東京の一番のハンディキャップである渋滞を解消し、「東京だけでなく,日本全体の流通を改善するものである」と語った。そのような道路がこれまで着工されていなかったのは、「日本の国家の官僚に都市計画がなかったからである」とし、「(外環の完成に)一歩踏み出したことは、うれしいことであるし、日本全体の経済の活性化に絶対に必要なこと」と、自分が着工のきっかけになった道路であるだけに、思い入れもあるようだった。その後、石原都知事の発言は尖閣問題に移ったが、外環の着工とは直接の関連がないので本記事では割愛する。

好き嫌いはあるでしょうが、石原都政の功績として「ディーゼル排気ガスの浄化」と「3環状道路の整備」は後世に残るでしょう。